硬直1000F

3日でやめます

お菓子の家の飴の部分いらないと思うんですけどどうですか?

 

 

 昨今のコロナ禍でずっと家にこもりきりだったため、今まで触れてこなかった文化に触れてみようと思い、映画をいくつか観た。とりわけ私はホラーものが好きで、とくに近年の作品は「ただただびっくりさせる」といったものが少なく、安心して観ていられるので好きだ。その中でも先日観た、「ヘレディタリー 継承」という作品はすばらしかった。

 

 音で驚かせるような場面もないし、明確な悪霊みたいなのもまあ出ない。グロシーンもあるにはあるが、見ていて「痛い痛い!」となるやつではない。でもめちゃくちゃ怖いのだ。「ここでこうなったら最悪だな」という展開を全部やってくるし、人物たちの顔芸がすごすぎる。「いや怖いのかもしれんが、お前が怖がってる顔がいちばんこえーよ」と思いながら見た映画だった。

 

 さて、この映画の中心人物である母親は、精神的にいわゆる”病んだ”人であり、そのセラピーの一環としてミニチュアハウスの製作をしている。私はこれに感心した。芸術品を作るということは、本人にとって”治療”でもあるのだ。調べるとどうやら監督自身も、家族に不幸があった悲しみを癒すためにこの映画を撮影したらしく、彼にとってのセラピーでもあったとのこと。芸術にはこうした、製作者の心象の吐露(あるいは治療)という側面がある。

 

 

 

 

 

 話は変わるが、先日インターネットをぼーっと見ていたら、お菓子の家の画像があった。ケーキでできた屋根にクッキーの壁、チョコレートの窓枠———とここで気になった。飴でできた柱、これいらなくないか?

 

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 お菓子の家は子どもたちの夢だ。甘くておいしいお菓子を、好きなだけ食べられる。そう、お菓子の家は、”食べられる”ことが重要なのだ。しかし、実際にお菓子の家を食べ進めることを想像してみてほしい。飴はかなり邪魔である。卵焼きにおける殻、アサリにおける砂利。それと同様、柔らかいものばかりのお菓子の家の中で、硬い飴はいわば異物だ。いくら甘いとはいえ間違いなくストレスになるし、そもそも飴はケーキやチョコレートに比べてお菓子としての”格”が劣る(諸説あります)。ではなぜ飴がお菓子の家に含まれているのか?

 

 

 

 お菓子の家の元ネタは、ヘンゼルとグレーテルという童話である。森に捨てられた兄妹が、捨てておいたパンくずを目印に帰ってくるみたいな、なんかそんな話だ。原作ではこのパンくずは鳥に食べられてしまったらしい。まあそりゃそうだよな。でも意外と1個とばしくらいでも帰れるのかもしれない。「パンくずで森の奥から出られるかやってみた」とかでYoutubeに上げたら意外といいんじゃないか。誰かやってみてください(その場合は収益の3割、立案者マージンでね、お願いしますね)。

 

 まあパンくずのくだりはどうでもいいとして、この話には重要な登場人物がもう一人いる。森の奥に住む魔女だ。彼女は森の中にお菓子の家を作り、ヘンゼルとグレーテルを誘い込むことに成功する。つまり、お菓子の家に飴が含まれるのはこの魔女の発案ということだ。

 

 建設業者側の気持ちになって飴の存在意義を考えてみると、次のようなものが挙げられるだろう。

  1. 強度が高く、柱や梁など、骨格として信頼できること
  2. 造形や着色の自由度が高いこと
  3. 匂いがほとんどなく、他のお菓子の風味に干渉しづらいこと
  4. 少ないコストで長時間口の中に残る特性上、子どもに対する拘束力が高いこと

 

 このうち、①~③の項目はいずれも建付けにかかわるものである。強度・造形の自由度が高く、匂いや味移りが少ない。お菓子の家を建てるという目的の上では、これ以上ない建築資材としての適性の高さを示している。ただし、高温に弱いという弱点もあるので夏季に長時間建てたままにしておくのは危険かもしれない。

 

 私が注目したいのは、とくにこの②の項目だ。チョコレートやクッキーでは限界のある造形の可能性を、飴はぐっと広げてくれる。つまり、飴が資材として用いられていることは、魔女にとって「お菓子の家は造形の対象であった」ことの証左なのである。

 

 

 

 

 

 はじめにした映画の話を思い出してもらいたい。芸術品とは、製作者の心象の吐露であり、セラピーでもある。とすれば、食べづらい飴を用いてまでも表現したかった魔女の芸術性(あるいは飴に対する固執)が、お菓子の家には込められているということになる。

 

 

 

 おそらく魔女は、幼いときお菓子を食べられるような環境になかったのではないか。貧しい家に生まれ、満足に食も与えてもらえないような生活。父親は魔女の生後まもなくして蒸発。母親からはひどい虐待があるうえ、家事はすべて魔女に丸投げする始末。夜の仕事で稼いだ金を、すべて自分のために使い、魔女には最低限の食事しか与えなかった。そして母は金曜になると派手な化粧をし、毎週違う男が迎えに来るのを待つのだった。

 魔女が16になったとき、母は新しくできた男の子供を身ごもった。邪魔だと暴力を振るわれ、家を追い出された魔女。冬の厳しい寒さに加え、暴漢も多いこの街では、野宿などできるはずもない。身売りをし、行きずりの男に身体を差し出す代わりに泊めてもらい、なんとか寝床を得る日々だった。

 そんな男のうち一人に紹介され、やがて魔女は風俗店で、住み込みで働くようになった。望んだことではないが、どうせ毎晩別の男を相手するなら、安定した収入があったほうがよい。そう考えたからだった。

 最初の給料で、彼女は飴を買った。幼いころ、周りの子供たちはみな親からお菓子をもらって食べていた。彼女は、それがうらやましかった。派手な着色と、ただ甘いだけの味。それが、このときの彼女にはこの上なく心地よかった。

 仕事は順調だった。しだいに固定の客もつき、懐も温かくなってきた魔女は、近所の安アパートを借りて、愛犬(犬種はトイプードルで、名前はココア)と一緒に住みはじめた。

 ところで魔女には彼女の客以外との男性経験がなく、恋愛というものをしたことがなかった。そんな彼女に転機が訪れたのは、厳しい冬も終わる頃であった。いつものように仕事を終え、愛犬のココアのもとへ帰る途中、一人の男に声をかけられた。

 「お姉さん、ホストどうっすか?」

 虐待と貧困の中で育った魔女は、男にもてはやされたことなど、今まで一度もなかった。興味がない、そう言い切るにはあまりに大きすぎる好奇心が魔女の胸には渦巻いていた。幸いここのところ客足も多く、生活には十分すぎる金もあった。

 「一名様ご案内でーす!」

 魔女はあれよあれよという間に席についていた。ギラついた照明のフロア、華美なドレスで着飾る女たちと、やたらに軽薄そうな男たち。やっぱりやめておくべきだった、などと魔女は考えていた。少なくとも、隣にその男が座るまでは。

 「望(ノゾム)です、よろしくお願いします。」

 魔女は驚いた。嫌味なほど明るい髪色からは想像もできないほど、その男が紳士的だったからだ。文句なく整った顔立ちではないが、どこかあたたかみを感じる容貌。また、こちらの心に巧みに滑り込む話術も見事だった。魔女が時間を忘れ、閉店まで飲み明かすほどには。

 

 魔女の生活は変わった。体を売って手にした金は、生活費以外、残らず望につぎ込んだ。家ではほとんど眠るだけとなり、あんなに可愛がっていたココアも同僚に譲ってしまった。彼女は一日も休まず、望にLINEを送った。彼から「俺も好きだよ」と返信が来れば、彼女は飛び上がって喜んだ。しかし、「君とはそういうのじゃないから」と言われたときなどは、自傷行為に走るほど落ち込んだ。手首をカミソリで切りつけ、インスタグラムに長文のストーリーを上げた。魔女はその度に、「次の機会で最後にしよう。望とは決別しよう。」と誓うのだが、それでも数日後、なけなしの数万円を持って店を訪れれば、彼はLINE上の彼とは別人かと思うほど優しいのだ。彼女の心は、全く望に支配されていた。

 

 「俺、お店やめようと思ってるんだよね。」

 聞けば、望にはどうしても叶えたい夢があり、腰を据えて勉強しなければ到底届かないものらしい。

 魔女は焦った。望と会えなくなってしまう。彼女は後先のことは考えず、望を説得した。どうしても店をやめるなら、私のところに来たらいい。家賃はいらない。生活費も私が面倒みる。自分の夢のための勉強だけしてくれればいい。私は望といられるだけで幸せだから。

 

 結論から言えば、望は嘘をついていた。彼には目指す夢などなかった。共に暮らすようになってから毎晩魔女に言っていた「好きだよ」という言葉も、その場しのぎのものだった。望にはどうやら他に女がおり、魔女が仕事に出ている隙に逢瀬を繰り返していたらしい。それがわかったのは一緒に住むようになってから半年後、望が魔女の貯金をすべて持ち逃げした後のことだった。

 魔女は、路頭に迷った。望は隠れて消費者金融から借金をしていたのだ。もちろん、保証人は魔女。返済のための担保として、家も、家財道具も取り上げられた。魔女は人生に絶望した。死のうと思った。

 次の日の朝、魔女は新小岩駅のホームにいた。私が死んでも誰も悲しまない。せいぜい数えきれない人身事故の件数がひとつ増えるだけ。願わくば、私をこんな風にした、すべての人間に災いがありますように……

 

 魔女の姿がホームから消えた数時間後、彼女はどこか深い森にいた。死んだわけではない。ただ彼女の、人間を強く呪う心が、彼女を魔法に目覚めさせ、ここに転移させたらしい。どうやら日本ではなさそうだ。彼女は、すべての人間に復讐することを心に決めた。一人でも多くの人間に、不幸を―――そうして、魔女は魔女になった。しかし、もしかしたら彼女の心には、あのとき食べた、ただ甘いだけの飴の記憶が、今でも残っているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

……え?これで終わりですけど?逆に何?何か?は?