硬直1000F

3日でやめます

あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのでしょう。

 

 

 

 

 

 だって、この手紙は私が死んでから、はじめてあなたに存在を明かすものなのだから。

 

 ふふふ、驚いた?こんなものをあらかじめ用意してあったなんて、あなたは全然気づかなかったでしょうね。

 

 

 

 でも、そのために考えなければならないこともあったの。私が死んだあと、この手紙の存在をあなたにどうやって伝えるかっていうのは、少し難しい問題だったから―――

 

 

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 まずはじめに思いついた方法は、すごく単純。死の間際、私の口からこの手紙の存在をあなたに直接伝えることね。

 

 これはすごく手間のかからない方法だけれど、考える間もなく私はすぐに却下したわ。だって、風情がないっていうか、ロマンチックじゃないんですもの。

 

 それにこの方法って、手紙の隠し場所にも困るのよ。家の中に置いておいたら、偶然あなたが見つけてしまうかもしれない。でも、家の外にポンと置いておくわけにはいかないじゃない?だから、家の中でもあなたが決して見ることがない場所を確保しなくちゃならなかった。

 

 いろいろと考えてみたんだけど、そんな場所、私たちのせまい家じゃどこにもないことなんてわかるわよね。だから、この方法はあきらめて、別のやり方を探すことにしたの。

 

 

 

 次に思いついたのは、信頼できる誰かに託しておくっていう方法。これは、けっこういい方法なんじゃないかと思ったわ。

 

 だけど改めて考えてみると、私が心の底から信用できるなんていう人は一人もいないことがわかったの。いいえ、それは決して、心を通わせられる相手が誰もいないなんてわけじゃないのよ。実際にあなたが生まれてきたのは、私があなたのパパと心を通わせた結果でもあるんだし。

 

 でも、私はこの手紙が、私の死後、あなたに届くということを確実なものにしたかったの。どんなに私のことを愛して、親しく接してくれる人たちだって、内心のほんとうのところでは何を考えているかわからない。99%信用できる人っていうのは、1%信用できない人でもあるのよ。つまり私の死後、信頼する人が手紙を絶対に渡してくれるというのを「論理的に」証明することは不可能だって、あなたにもわかるわよね。

 

 だから人間の感情なんていう不確定要素をこの計画の一環にするのはあり得ないことなのよ。私は確実な方法しか求めていないんですもの。

 

 

 

 そんなこんなで、最後に思いついた(そして実際に採用することになった)方法が、私の死をトリガーにして、この手紙を読むための鍵やパスワードを得られるというやり方ね。でもこれにもいくつか手段があって、ああでもないこうでもないなんて思案をめぐらせたわ。

 

 

 

 まずはじめに思いついたのは、私の体内に物理的な鍵を埋め込んでおきつつ、別でその鍵のついたボックスを用意しておくというやりかたね。

 

 これならボックス自体はあなたの目につく場所に置いておいてもいいし、もしあなたにその中身を聞かれても「ふふ、いつかわかる日が来るわよ。」なんて、母親っぽい気の利いたひとことも言えるしね。

 

 それにうちは代々火葬だし、熱に強い素材で鍵を作っておけば、溶けちゃう心配もないだろうって思ったの。

 

 でもやっぱりダメだった。なぜって、うちは貧しいでしょう?そんな手の込んだ手術をするにはお金が足りないし、そんなことを頼める知り合いのお医者さんもいない。だからこの方法はあきらめて、物理的なものでない”鍵”をもうけることにしたの。

 

 

 

 ボックスの鍵は、必ずしも錠前のようなものでなくていい。パスワード式の鍵をかけて、私の死後にしかあなたに伝わらない言葉をその答えにすればいいんだって気づいたの。

 

 とはいえ、やっぱり難しいところがあったわ。親が死んでからあなたが初めて聞くことになる情報って、その気になって調べればわかってしまうことばっかりだったんだもの。葬儀屋さんの会社名や、生命保険会社の担当者さん、予定されてる戒名なんていうのまでね。おまけにママは機械に疎くて、漢字やカタカナをパスワードとして設定することができそうになかった。

 

 だから私は、こういう種類の人たちとは決定的に違う、そもそも私たち家族の「味方」でない職種の誰かをトリガーとして作り、しかも簡単な数字として入力する形でパスワードを残す必要があったのよ。

 

 これを読んでいるあなたなら、もう答えにたどり着いているのよね?そう、その数字は”980”……あなたに残された借金、980万円が、このパスワードの答え。

 

 

 

 取り立ての林さんとはもう会ったかしら?あの人に無理言って、たくさん貸してもらったのよ。もちろん連帯保証人をあなたにして、支払い能力はしっかりあると伝えたわ。でも、とにかく3ケタの借金を作れればよかったから、そんな大金を手にしても何をしたらいいかわからなくて……

 

 だからとりあえずパチンコを打ったの。でもべつに勝つ気なんてないから流してるだけ。知ってた?負けてもいいパチンコってつまんないの(笑)お金を減らすことが目的なんですもの、張り合いがないのよね(笑)

 

 たまに当たっちゃうことがあって、そんなときはそのへんの若い男に席を譲って、出玉もぜんぶあげてたわ。「パチンコ初めてでよくわかんないんです~代わりに打ってくださ~い」なんて言えば断る男はいないもの。そのまま勝ち分で飲みに行って、流れでヤっちゃったこともあったわ(笑)やっぱりパパと違って若い男はいいわね(笑)

 

 

 

 そんなこんなでママ、100万ちょっとの負債を作ったんだけど、本来ならこれで3ケタのパスワードとしての用途は満たせるわよね。

 

 でも、3ケタのパスワードで1や2から始まるものって、総当たりで調べていったら簡単に解けちゃうじゃない?

 

 あのボックスにかけたパスワード入力装置は、1時間以内に3回解錠に失敗すると、そこから24時間は入力を受け付けないっていう制御機能がついてるの。

 

 だから、総当たりを避けるため、なるべく大きな数字にする必要があったのよ。

 

 980万円を使い切るのはけっこう骨だったわ(笑)まして、あなたやパパに気づかれないように使う必要があったから自分のためにしか使えないしね(笑)

 

 

 

 これでこの手紙に施された周到な準備の全貌がわかってもらえたかしら?

 

 

 

 

 

 さて、それじゃ肝心の、あなたへのメッセージなんだけど……

 

 

 

 実は、特にないの。最初のあの書き出しのやつがやりたかっただけだから。

 

 まあこの計画が上手くいったかどうか、私には判断ができないけど、借金に負けずに強く生きてね。

 

 大丈夫、あなたは私の自慢の娘なんだから。パパ活とかで稼げばすぐよ。あ、でもヤるなら若い男のがいいわよ(笑)

 

 

 

 それじゃ、おやすみ。あなたの大好きなママより。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……という感じの作品で芥川賞を狙おうと思います。応援してください。